千里の道も一歩から──泉佐野市での学校改革
西岡:
お話にも出てきましたが、泉佐野市新池中学校での学校改革とは、具体的にどのようなことをしたんでしょうか。どういう状態から何をしてどうなったかについて、もう少しお聞きしたいです。
徳留:
僕が中学校で教師をしていたのは8年間で、前半は学校も荒れていて、押さえつけないといけない状況でした。教師vs生徒という雰囲気、教師は笑うことも許されないほどでした。
そんな中で、部活関係で色々あって、僕は3年目に干されてしまったんです。それが3月末で、年度末なこともあったので、次の年は担任も部活も持たなくなりました。
その翌々年に、大阪府から、学力向上を中心とした学校改革をする指定校として選ばれて、自分はそこの担当になったんです。改革というと、そこからが始まりですね。
西岡:
だいぶ大変な状態からのスタートだったんですね。
徳留:
最初、教員は全員「授業は一斉授業、子供は押さえるもの」というマインドセットでした。なので、先生の意識を変えるのがまずやったことです。教員の心理的安全性を第一に考えて、チャレンジできる、このメンバーで働けることに幸せに感じる、という土台を作りました。これが最初の2年くらいです。
それがいい感じに回ってくると、先生もチャレンジできるし、教員みんなで同じ方向を向いて一緒にやっていこうと言えるようになってきました。
教員が変わったので、次に生徒を変えようという話になりました。僕のいた学校は公立だったので、先生は定期的に入れ替わります。よって、改革の成果を学校の文化として残すためには、子供にもアプローチする必要があったんです。
そこでまず目をつけたのが生徒会でした。当時の生徒会は、まだ学校内で地位が高いわけではなかったので、生徒会が生徒の中での憧れのポジションになるように色々な取り組みをしていきました。ちょうどスタディサプリも入ってきたところだったので、リクルートとも組んで、生徒会が教師にプレゼンしたりすることを通して、生徒会を盛り上げていきました。
西岡:
生徒会活動を生徒主導にするのが最初だったんですね。
徳留:
最後の年は、生徒全員で、学校のブランドについて考えるのをテーマとした活動を実施しました。ちょうど「GIGAスクール構想」が始まったところだったので、ICTも活用しつつ動きましたね。こうして、学校公開も、先生があれこれするのではなく、生徒から前に出て大人にプレゼンするという形に変わったんです。子供が前に出るなんて、過去には考えられない状況でした。
また、学力を上げるという名目で始まったプログラムだったので、報告のために経年で全国学力テストの結果を見ていったんです。すると、最初は大阪府よりも全国よりも下だったのが、最後は全国も抜いていました。もともとそこには主眼をおいていなかったのですが、結果的には学力も向上していたという話です。
西岡:
非認知能力に着目したら、自然と認知能力も上がっていたんだ。
徳留:
そうですね。そして、これでやるべきことはやったかなという思いと、新たなチャレンジをしてみたいという思いから、教員は辞めることにしました。その後、西岡さんから、日本の教育のために一緒にお仕事をしていきましょうというお声をいただいたということになります。
西岡:
先生方の意識を改革する上では、年齢等によっても苦労があったと思いますが、なにか工夫したことなどはありますか。
徳留:
自分は、動きづらいベテランの先生に飛び込んでいくのは得意だと思っていました。なので、自分よりも若い人がやりたいことはサポートして、ベテランの先生には飛び込んでいって懐柔して、と立ち回りました。まずは関係づくりが大切だと思います。気が難しい人にも、その人の趣味を勉強して教えてもらいに行ったりしましたね。
西岡:
徳留さんは、まずハキハキ挨拶をすることから始めて、そこから人間関係を構築しているなと感じました。何事も関係を作らないことには変わらないとの意識があったと聞いています。
徳留:
そうですね。あとは、他人をよく褒めていました。服を褒めたり、髪を切ったでしょ?と話してみたり。身近なところに気づいて声掛けをしていくのは大切だと思います。
西岡:
なにか大きなことを成し遂げるのに、ついドラスティックなことを考えがちだけど、地道なことからやっていかないといけないんでしょうね。
徳留:
やりたいこと、大きなことを描ける人はたくさんいますが、それを叶えるには、それにあった手法で一つひとつ攻めていく必要があります。たとえば今回の例なら、アプローチする相手の特性に合わせて関係を作っていく必要があるんですよね。
学校改革の場合、みんなで一緒にやろうという空気をマイナスに引っ張っていく人に対しては、たとえそれが先輩だったとしても強めに言っていました。時には、時間をかけて対話を重ねることも多かったです。
謙虚に学び続ける人は強い──カルペ・ディエムの東大生講師と触れて
徳留:
話は変わりますが、私はカルペ・ディエムにいる色んな東大生と会うのが好きなんです。これは、東大生だから好きってわけではありません。もちろん、過去のストーリーや、努力をたくさんして東大に入ったことはリスペクトしていますが、単に人として好きだから、魅力があるから、というのが大きいです。
西岡:
受験によって人格形成がうまくいった部分があるからこそ、そう言っていただけるんだろうなと思うところはありますね。
「ドラゴン桜」でもあったように、東大が「一番」で、いい大学に行きたいというのは、どんなに世の中が変わっても変わらないだろうと思っています。それが日本のシステムを支えているところがあるので、仕方ないかなと。しかし、そういったいわゆる学力や認知能力的な面と非認知能力とが相対すると考えられているのは悲しいことです。非認知能力がないと認知能力も上がらないはずなのに。
徳留:
研究でもそう言われているんですけどね。どうしても両者が二項対立で考えられてしまっていて、「非認知能力が重要です」と発信すると、「じゃあ認知能力は要らないのか」と言われちゃったりする。
西岡:
「文武両道」と言うときに、部活と勉強や教育を別のものとして分けて考えてしまうのに似ているように感じます。別の2つがそれぞれあると思うからだめで、「両道」ではなく「不岐」、つまり1つの道で2つのものがあるんだと考えるのは重要かなと思う。そうしないと教育も回っていかないんだろうなと。
こういう認識を踏まえて、非認知能力について考えるためにも徳留さんにお手伝いをしてもらってるわけです。
徳留:
カルペ・ディエムが実施している「リアルドラゴン桜」では、東大生が生徒たちの前に立って授業したりグループワークを回したりしていますよね。実際難しくないですか?
西岡:
超難しいです。笑
東大生は、勉強こそしてきたものの、教えるプロではないですからね。ただ、東大生の良いところは学べること、学ぶのが得意なことです。初めはうまくできなかった学生でも、やっていくうちにできるようになっていくケースが非常に多い。そこは、努力して何かを極める能力が高いからだろうなと思っています。
面白い話として、東大は、大学からがメインになるスポーツは比較的強いんです。サッカーや野球は厳しいところもありますが、ラクロスやアメフトのように、たいていの人が大学から始める競技は結構強いことが多い。これには、学ぶ速度の問題もあるだろうと思っています。
徳留:
スタートラインが同じなら、伸びが早いという。まさに、これまでの受験勉強を通して「学び方」を学んできたという話になりますよね。
西岡:
そうですね。「リアルドラゴン桜」でも、授業を受ける生徒はもちろん学ぶし、学生自身も授業を通して色々なことを体得するし、という。こういう状態が作れるのは、大学生がプログラムを実施する利点だと思います。
徳留:
僕はそこに入って、教員時代の経験を踏まえて、現場に入らないとわからない部分についてアドバイスさせていただいています。チューニング的な役割ですね。
西岡:
これは、長年学校現場にいたわけではない我々にはまだできないことなので、本当に助かっています。
徳留:
以前もカルペ・ディエムで講師として働いている学生に研修をしましたが、熱量が半端ないのが印象的でした。学生は、「研修の1時間で学び取ってやる」というスタンスなので、鋭い質問をするし、終わってからも延長戦になるし、という。
普段僕が子どもたちに持ってほしいと思っているマインドセットを講師たちが自然と持っていて、だからこその主体的な姿勢なんだろうなと思います。
西岡:
講師の東大生たちは素直だなと思います。この1時間を良いものにしようと全力になる主体性が生徒にも伝播すれば、生徒もそこから学び方を学んでくれるはずです。
徳留:
東大生だからといって偉そうにするわけではないのは、一人の人として素敵な人だなと思います。「東大に入ったからからいいや」じゃない謙虚な姿勢が、どんどん伸びていく秘訣なんだろうなと思うし、そこが好きなところです。
西岡:
自分としても、仲間に入れるときにはそこを見て採用しているつもりです。
自分の興味を大事にしつつ、他者に貢献できるように──今後の構想
西岡:
これまでの話も踏まえて、今後の展望についてお聞かせください。
徳留:
フィンランドに行って帰ってきてからどうしようかは、本当に悩んでいます。行かないとわからないことが多いし、行って変わることも大きいと思うので。ただ、どういう形だったとしても教育には関わっていきたいと考えています。
僕は、「日本の教育が悪い」「学校現場が嫌だ」などの思いで教員を辞めたわけでもないし、そもそもそんなことは思ってもいません。純粋な興味でフィンランドに行くというのが本音です。日本を悪く言うのではなく、向こうの良さを学んできて、日本でそのエッセンスを取り入れたり、日本を出たからこそ分かる日本の良さを発信したりしていきたいですね。
ただ、それがどんな形になるかはわかりません。教員に戻るのか、教育委員会と組むのか、企業を立ち上げるのか……など。自分の興味で動きつつ、他者への貢献もしていきたいと考えています。
西岡:
今日はありがとうございました!
撮影者/野中 秀憲(fuuBRANDING/株式会社啓秀)
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講師は現役東大生!偏差値35から東大合格を果たした西岡壱誠をはじめとして、地域格差・経済格差など、さまざまな逆境を乗り越えた現講師たちが、生徒に寄り添って対応します。
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