美術館初心者も楽しめるデ・キリコの魅力!東京都美術館 学芸員の髙城様にインタビュー!

東京都美術館で開催中、会期終了後は神戸市立博物館へ巡回する「デ・キリコ展」。日本では10年ぶりに開催され、過去最大規模の展覧会ということもあり、大きな注目を集めています。

<「デ・キリコ展」とは>

20世紀を代表する巨匠の一人、ジョルジョ・デ・キリコ(1888-1978)のおよそ70年にわたる画業が、「イタリア広場」「形而上的室内」「マヌカン」などのテーマに分け、初期から晩年までの作品を余すところなく紹介されています。(*「デ・キリコ展」公式サイトより抜粋 https://dechirico.exhibit.jp/)

筆者も先日、本展に訪問しました。美術館経験が浅い私も、想像を膨らませながら、さまざまな絵画を存分に楽しむことができました。

絵画鑑賞は事前知識がないと難しいというイメージをもっている方も多いかもしれませんが、実は「デ・キリコ展」は小さいお子さんから、芸術ファンまで楽しめる魅力が詰まっているんです。

そこで今回は、「デ・キリコ展」の企画展示を担当された学芸員の髙城靖之さんに見どころや美術館の楽しみ方、そして学芸員のお仕事内容などさまざまなことをお聞きしました。

目次

「デ・キリコ展」の見どころ

ー日本では10年ぶりの大規模回顧展となった「デ・キリコ展」ですが、開催に至った経緯や想いを教えていただけますか。

デ・キリコは教科書にも載っている有名な画家で、およそ10年周期で企画展が開催される程人気があるんですよ。デ・キリコは「形而上絵画」を描き始めた人物であり、そしてシュルレアリスムの先駆けとなった存在でもあります。

2024年はシュルレアリスムが興って100年という節目の年でもあります。

そこで、シュルレアリスムの画家が憧れたデ・キリコの作品を、多くの方に見て、楽しんでいただこうと思い、企画しました。

ー今回の「デ・キリコ展」で特に見どころとなる部分はどこでしょうか?

やはりデ・キリコが生み出した絵画である「形而上絵画」です。特に生前から評価されている1910年代の作品を集めるのは非常に大変なんです。コレクターが当時購入していて、個人の所有物になっている絵画も多いので。

国内の過去の企画展をみても、1910年代の作品は2~3点しか展示できない状況でした。

ですが、世界中の美術館や個人のコレクターと交渉し、本展では10点ちかく展示することができました。一気にこれだけの数を鑑賞できる展示会は中々ないので、大きな見どころの一つだと言えるのではないでしょうか。

デ・キリコが描いた「違和感」を楽しむ

ー「形而上絵画」と聞くとどうしても最初に難しそうというイメージが先行してしまったり、実際に絵をみても「わからない」と思うことも多かったのですが、そもそもデ・キリコの描いた「形而上絵画」とはどのようなものなのでしょうか。

「形而上絵画」は、専門家でもデ・キリコ自身がどこまでの意図を持って描いているのかわからない部分が大きいんです。そもそも言葉自体が難しいですし、絵画をより理解するためにはその概念を理解しなくてはなりません。

デ・キリコが表現した形而上絵画とは、身の回りにあるものを使って、精神世界を感じさせるものです。絵画は古くから精神世界や神秘的な存在を描いてきました。ルネサンス期の絵画でも天使や神などがモチーフにされていることも多いですよね。

古典絵画はそういったモチーフを描くことで未知の世界や精神世界を直接的に表現していたのに対し、形而上絵画は身の回りのもの、ありふれた景色など、現実世界を描きながら、そこに「違和感」を作ることで精神世界を表現しようとしたんです。

画像:《「ダヴィデ」の手がある形而上的室内》1968年 、油彩・カンヴァス、ジョルジョ・エ・イーザ・デ・キリコ財団、© Fondazione Giorgio e Isa de Chirico, Roma、© Giorgio de Chirico, by SIAE 2024

ーなるほど…。たしかに実際に鑑賞していて「これはなんだ?」と違和感を感じることが多かったです。ではデ・キリコの絵はどのように鑑賞したらいいのでしょうか。

芸術の感じ方に正解はありません。特にデ・キリコの絵を見て何を感じるかは見た人によって大きく変わります。同じ絵を見てもその人の経験によって印象が変わりますし、それが芸術の面白い部分でもあります。

専門家でさえ意味を汲み取ることの難しいデ・キリコですから、理論的にというよりは感覚的に見ていただいた方がデ・キリコの表現したかったものを感じられるかもしれません。

先程お話した、その絵のどこに違和感があるのかを探していくのも面白いと思います。

「マヌカン」を通じて考える「人間」

ーデ・キリコはマヌカンをモチーフにさまざまな絵画を描いていますが、マヌカンのことをどう捉えていたのでしょうか。

*マヌカンとはいわゆるマネキンのこと。人を描く練習をするために用いられることも多いマネキンですが、デ・キリコはそんなマヌカンに意味を持たせ、主要なモチーフとして描いています。

デ・キリコがマヌカンを描き始めたのはちょうど第一次世界大戦の頃だったので、戦争という野蛮な行為をする人間、そして戦争に対して何もできない人間の無力さをマヌカンを通して表現していた可能性はあります。

そもそもデ・キリコはあまり人間を描かないんです。肖像画を除くと、ほとんどが風景画や室内がモチーフでした。《バラ色の塔のあるイタリア広場》はその好例で、本来なら人がいてもいいはずの場所からわざと排除しているのです。

ーではマヌカンは生命のない存在として、マイナスなイメージを持って描かれたのでしょうか。

戦争時代の絵画は、人間を否定的に捉えて描かれたものも多いかもしれませんね。また活き活きした情景を描いた絵の中に、無機質で生命感がないマヌカンがいることで、対比が強くなりますし、違和感も強まると思います。

ー面白いですね…。絵を順番に見ていくと、だんだんマヌカンに意思があるようにも見えてきました。

デ・キリコは90年近く生きたため、次第に考え方も変わってきたと言えます。マヌカンに対して、親しみが生まれてきたようにも捉えられます。

というのも、無機質だったマヌカンが、時間が経つにつれて人間化していくという複雑な様相を得ています。モノである存在に感情があるように見えるという最初とは違う違和感ですね。マヌカンが人間化した絵画は、見ている人によって親密そうに見えたり、あるいは不気味に見えたりと、鑑賞者によって感じ方も変わると思います。

画像:《不安を与えるミューズたち》 1950年頃 油彩・カンヴァス マチェラータ県銀行財団 パラッツォ・リッチ 美術館 © Giorgio de Chirico, by SIAE 2024

自分の「感性」と向き合ってみる

ーデ・キリコはさまざまな形で違和感を表現しているように思えますが、その表現方法に統一性はないのでしょうか。

そこにこだわりはないと思いますね。

彼自身がメタフィジカルな感覚を持っていたと回想録にも書かれていますが、彼の絵画は、ある景色を見たときに彼が感じた感情や感覚を、情景そのままに表現しているのです。(わたしたちがその感覚を正確に受け取るのは難しいかもしれませんが…(笑))

先ほど述べたようにマヌカンが人間味をまとっているもの、遠近法の歪みがあるもの、状況が不可解なもの、形が通常とはちがうものなど、さまざまな表現をしています。《谷間の家具》では本来屋内にあるべきものが屋外に置かれていますね。

作品をじっくり見ると、異物感・居心地の悪さ・逆に心に溶け込みやすく感じる方もいるかもしれません。絵を通じて自分の感性と向き合ってみるのも面白いですね。

画像:《谷間の家具》 1927年 油彩・カンヴァス トレント・エ・ロヴェレート近現代美術館 (L.F.コレクションより長期貸与) © Archivio Fotografico e Mediateca Mart © Giorgio de Chirico, by SIAE 2024

ー個人的には《神秘的な水浴》のシリーズが心に刺さりました。

確かに見た瞬間「何これ」となる作品ですよね(笑)。

この作品はわざわざ探さなくとも最初から違和感しかないのではないでしょうか。よく見ると白鳥が伸びていたり、魚がビーチボールのようになっていたり、水面が床の模様のようになっていたり。

実はこの水面の模様はアトリエの床の模様からきているという説もあるんです。デ・キリコは全く見たことないものを描くことはなく、身の回りのモチーフを使って、本来並ぶはずのないものを並ばせるという表現を使っています。

これから「デ・キリコ展」に行く方へ

ーデ・キリコという人物ついて調べていると、問題児のような書かれ方をしていることが多いのですが、画家としてどのような位置付けなのでしょうか。

形而上絵画を確立したデ・キリコはシュルレアリスム絵画の先駆けとして、当時からも尊敬の対象でした。しかし彼はその後ルネサンスやバロックなど伝統的な絵画に回帰します。これが当時反感を買ったのです。

シュルレアリスムは時代の最先端をいく絵画運動でしたから、彼らは尊敬するデ・キリコが古臭い絵画に回帰したのをよく思わなかった。そのためデ・キリコを批判し始め、次第に仲が悪くなってしまいます。しかしデ・キリコも黙って批判されていたわけではなく、強く言い返すこともしばしば…(笑)。シュルレアリスムの画家は、形而上絵画を生み出した私の脛をかじっているに過ぎないとまで言うほどでした(笑)

美術史としては、主流となったシュルレアリスムを評価するので、形而上絵画以降の作品はあまり評価されてこなかったのです。

ですが1960年代にアメリカで盛んになったポップアートで、再びデ・キリコにスポットが当たることとなります。ポップアートとは大量生産・大量消費社会の風刺を表現したもので同じモチーフを繰り返し描くなどの特徴があります。こういった表現の先駆けとしてデ・キリコが再評価されることとなるのです。

人物像に関するエピソードも多く残っているので、私自身としては、いまデ・キリコに出会えたとして、友人になりたいか?と聞かれると微妙ではあります(笑)。ですが20世紀の美術に与えた影響は非常に大きいと言えるでしょう。

ーデ・キリコ展が美術館デビュー! という方に向けてメッセージをいただけますか。

デ・キリコ展で美術館デビューするのはなかなか通ですね(笑)。

絵の楽しみ方は自由ですが、西洋絵画などはある程度歴史背景、宗教知識、人物像などの事前知識がないと楽しみにくいものも多いかもしれません。

そういった点で、デ・キリコは事前知識がなくても大いに楽しめると思います。彼が込めた思いを正確に分析するのは難しい作品が多いですが、感覚的に自由に見た方が案外作品の真髄に触れられるかもしれません。

大人の方はもちろん、小学生などのお子さんにもおすすめです。柔軟な発想を持っているお子さんと、「あれはなんだと思う?」など、質問を投げかけながら鑑賞してみたり、鑑賞教育の一環としてもらっても楽しいと思います。場所の特性上、美術館内で話したりはなかなか難しいですが、帰り道やご自宅で、画集などを見ながら、お話ししていただくと楽しいかと思います。

学芸員のお仕事:共通しているのは「作品に関わりたい」という想い

ー最後にお仕事に関してお話させてください。わたしたちが学校で生徒さんとお話する際、絵に関する仕事を目指している方もいます。学芸員のお仕事は多岐にわたると拝見したのですが、実際のお仕事内容はどのようなものなのでしょうか。

所属している美術館によっても異なりますが、メインの業務はその美術館が所有している所蔵品の管理です。常設展の展示方法や順序を変えたり、作品状態を確認して修復させる、展示から休ませるなどの判断を下すこともあります。

今回のような企画展を行うのも仕事の1つです。企画を起こして展示する作品を選び、実際に所蔵している美術館や個人コレクターの方と交渉します。美術品の運搬は専門の業者にお願いする必要があるので、そういった人たちとやりとりするのも私たちの仕事です。

また図録中の文章や会場パネルの文章執筆なども担当します。美術館によっては、入場時のチケットのもぎりまで行うこともあったりします。

ー本当に色々されているんですね。学芸員になられた理由はなんでしょうか。

やはり根底にあるのは、美術が好きで、作品に一番近くで関われるというのが大きいです。所蔵作品の管理をしていると一番間近で作品を見られることになります。評価額が億を超えるような作品もあるため責任重大ですが、直接管理できるのは学芸員冥利につきますね。

ー高城さんが学芸員として大事にされていることはありますか。

東京都美術館は所蔵品をほぼ所有していないので、私は大規模な展覧会や現代画家の展覧会をやることが多いです。

そういった展示においては、パネルの文章だったり、作品の配置などより分かりやすく、美術鑑賞を好きになってもらえるような展示方法を考えることは大事にしています。

ー若い人が美術館を訪れることも増えているのでしょうか。

そうですね。最近では若い人たちも多くきてくれるようになりました。フォトジェニックな展示だったりデートスポットとして利用されている人も多いように感じます。

当館の展覧会は高校生以下でしたら無料でお入りいただけるものも多いですし、子ども向けのワークショップなどを実施することもありますので、若い方にもどんどん訪れて欲しいですね。

デ・キリコ展詳細情報

会期:2024年4月27日[土]~8月29日[木]

休室日:月曜日 ※ただし8月12日[月・休]は開室

開室時間: 9:30~17:30、金曜日は20:00まで(入室は閉室の30分前まで)

会場:東京都美術館

観覧料金(税込):一般 2,200円、大学生・専門学校生 1,300円、65歳以上 1,500円、高校生以下無料

※土曜・日曜・祝日及び8月20日 [火]  以降は日時指定予約制(当日空きがあれば入場可)

公式サイト:https://dechirico.exhibit.jp/

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この記事を書いた人

東京大学で薬学や心理学を中心に勉強しています。高校時代に発達障害の方とその支援者を中心に様々な人と関わってきた経験があり、人と話しその人の人生を知るのが好き。ボカロとお笑いが大好き。

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