さまざまな業界・分野で活躍されているプロフェッショナルの皆様に東大生がインタビュー!
お仕事の内容や学生時代からの歩みなど、ここでしか聞けない内容盛りだくさんでお届けします。
岡山大学准教授 中山芳一先生
1976年1月、岡山県岡山市生まれ、現在46歳で3児の父親
行政機関や各法人にかかわる役職多数
岡山大学教育学部卒業後、当時は岡山県内に男性一人といわれた学童保育指導員として9年間在職。
学童保育の研究が将来的な学童保育の充実に必要不可欠と確信し、教育方法学研究の道へ方向転換した。
幼児教育から学校教育まで、様々な教育現場と連携した実践研究を進める中で、現在は、岡山大学で学生たちのキャリア教育や課外活動支援を担当している。
そして、20年以上に及ぶ小学生と大学生に対する教育実践の経験から、「非認知能力の育成」という共通点を見出し、全国各地で非認知能力の育成を中心とした教育実践の在り方を提唱している。
現在、幼児教育や小中高校の教員、一般の児童・生徒や保護者を対象とした講演会の回数は年間200件を超える。
<前編>これからの時代に必要な「非認知能力」とその伸ばし方とは?
教育現場の最前線に立ち続ける岡山大学准教授の中山芳一先生にインタビュー!
カルペ・ディエムでは「アカデミックマインド育成講座」という日常の中に問いを立て、仮説・検証する一連の思考法を学ぶことで、課題発見・解決能力の向上を目指すワークショップを実施しています。このようなワークショップ需要に象徴されるように、近年教育現場では、教科学習だけではなく、自分で考えて答えを導き出す探究学習が必要とされています。教育現場で実施される教育の形が少しずつ変わる中で、特に注目されているのが「非認知能力」の向上です。これからの時代を生きる子どもたちの自己実現、ひいては自分らしい人生を送ることと、「非認知能力」とはどのように関わってくるのでしょうか。
そこで第1回目の今回は、「非認知能力の第一人者と言われる岡山大学の中山芳一先生」にオンラインインタビュー! 前編と後編に分けてお届けします。
前編ではまず「非認知能力とはなにか?」について、その研究内容と、学校や家庭でも気軽に実践できる非認知能力を伸ばすコツをお聞きしました!
「子どもの自己実現を支えたい」——そのために必要な教育実践とは何なのか?
——「非認知能力」と言われてもピンとこない人も多いと思います。あまり馴染みのない人に向けて非認知能力を説明する時には、どのように説明されていますか?
「日常」と「非日常」の関係と同じように、「認知能力」と「非認知能力」の関係についてまずは説明していきましょう。認知能力はいわゆる学力、テストなどで客観的な点数にできる力。英語力はどれくらい? と考えたときに、テストで点数化して、これくらいの点数なら英語力が高いよね、と誰もが評価できる力です。非認知能力は、この認知能力に「非ず」がつくわけですから、誰もが客観的に評価できる点数にできない力となります。例えば、優しさってどれくらい? と考えたときに、人によって評価が違ってきますよね。そういった客観的に評価できないもので、私たちの内面や人格形成に深くかかわってくる力を総称して、非認知能力と理解してもらって大丈夫です(画像①参照)。
——非認知能力という言葉の中にはさまざまな能力が含まれているのですね。中山先生が非認知能力に興味をもったのは、どのようなきっかけがあったのですか?
私はもともと、「研究者の仕事だけはしたくない」と思っていたくらい、真逆の方向にいました(笑)。小学生の時から小学校の先生をやりたかったというのもあり、岡山大学の教育学部に進学して、岡山の小学校で先生をやるつもりだったのが、大学卒業間近で学童保育に出会って、そっちの方向に進んだというのが最初のきっかけでした。
学童保育に進んでから、必要性を感じて研究し始めたのが、「学童保育に従事する指導員の専門性」に関するものでした。専門性の研究といっても、データを取って分析する以前の問題として、そもそも指導員さんがやっていることの言語化を中心に行っていました。ただし難しいのが、研究をしながらご飯を食べていくためには大学の教員になるのが早い一方で、自分のやりたい研究をやっているからといって大学の教員になれるわけではないということです。そんな事情もあり、学童保育だけではなく、学校教育、幼稚園などのフィールドにも入らせてもらう中で、キャリア教育の教員として岡山大学で採用されたのが12年前のことです。
この時にはまだ、非認知能力には行き着いてはいませんでした。大学で教員をやっていく中で、学童保育で子どもたちにやってきたことの本質的な部分と、岡山大学の教員として学生たちにやっていることの本質的な部分が、実は合致していて、どちらも「子どもたちの人格形成や自己実現を助ける」「そのために必要な資質や能力を引き出す」という営みだったということに気がつきました。じゃあ、この資質や能力には学力以外にどんなものがあるのか、と考えたときに、「人間力」や「見えない学力」であったり、いわゆる「EQ」や「コンピテンシー」というものなのではないかと思いました。そこからよくよく調べた結果、「非認知能力」に行き着いたという経緯ですね。
——最初から非認知能力に関心があったわけではなく、それまでの経験を総合して考えた時に、そのテーマに行き着いたのですね。非認知能力の研究は、どのようなことをしているのですか?
私の研究の目的は、客観的な数値で測定できない非認知能力を、客観的な数値で測定することではありません。教育現場で子どもたちの非認知能力を育んでいくためには、どんな教育の手立てがあるのかというところが私の関心です。だから、私のフィールドは大学の研究室ではなくて、教育現場だと考えています。
現在私が、全国の小中高や教育センターなどで行っているのが、非認知能力のための5つのステップを実践することです(画像②参照)。
このステップを実際に先生方と実施する中で、先生方が感じた手応えを、自分が立てた仮説と照らし合わせて検証していく、いわゆる「アクションリサーチ」という手法で実践研究しているのが、私の非認知能力の研究ですね。
——現場ベースでの研究をされているのですね。大学教員というと、研究成果を論文で発表するイメージがあるのですが、非認知能力研究ではどのような研究成果を発表しているのですか?
非認知能力について本は出していますし、学内紀要に論文を書いていたりはするんですが、私のこだわりで、正式な学会には非認知能力に関する論文を出していません。その理由は、非認知能力という概念がすごく包括的な概念で、アカデミックな俎上に載せることに抵抗を感じているからです。
例えば心理学の中では、共感性とか、意欲とか、自己調整機能とか、その一個一個に対してアカデミックに研究がされています。そんな中で、非認知能力という漠然とした概念をアカデミックな俎上に載せることは、こうした研究者の方々にも失礼なのではないかと思うんですよね。
現場全体をうまく回すための実践について考える人と、一つ一つの能力や資質について考える人と、研究者にはどちらも存在していて、どちらも大切なことなんです。その中でも私は、日本の教育を良くするための具体的なアプローチを、現場で実践できる方法に落とし込んで考えていくという役割を果たしていきたいと考えています。
非認知能力を育てるカギ——5つのステップと見取り
——先ほど、学校現場では非認知能力のための5つのステップを実践しているというお話がありました。具体的にはどのようなことをされているのでしょうか?
非認知能力はかなり包括的な言葉なので、それを限定的にするために、学校現場で実施しているのは、まず最初に学校教育目標を具体化することです。その学校で育てたい子どもの未来像から、その未来像を実現するために必要な非認知能力を考え、さらにその非認知能力が伸びたとわかる行動指標を設定するという流れですね。ここからスタートしないと、共通認識が生まれず、学校としての取り組みにならないと言えます(画像③)。
ここが決まった後は、設定した行動指標と照らし合わせながら「見取り」を行っていきます。
——非認知能力という言葉が漠然としていて多くの意味を含むからこそ、具体化することが大切なんですね。「見取り」という言葉が出てきましたが、これはどういったものなのでしょうか?
見取りは下の図のような構造になっていて、子どもたちのさまざまな現象に「気づくこと」、さらにはそこに「多面的な意味づけ」をすることの2つの見取りが存在しています(画像④参照)。
現象に気づくというのは、あの子の雑巾の絞り方がうまいなとか、あの子は上手にボールを譲り合っているななど、ともすればその子自身も気がついていないかもしれない言動を発見するということです。多面的な意味づけをするというのは、その現象に対して「何であの子はそうしたのか?」「何でできるようになったのか?」ということを様々な側面で捉えてみるということです。これは簡単そうに見えて、かなり専門性の必要な難しいことなんです。
——教育学部の授業などで「見取り」という言葉はよく耳にしていましたが、こんなに難しいものだったとは思いませんでした。見取りを実践するコツはありますか?
まず現象から気づくためには、「予測」しておくことです。
例えば、今日はこの授業をするから、Aさんはこんな反応をするだろうな、Bさんはこんなことを言うんだろうな、ということを予測しておいて、現実の姿と見比べます。予測しておくとその子をよく見るようになるから気づきが得やすくなるし、予測と現実とのギャップがわかりやすいからこそ、そこから意味づけがしやすくなります。「そんなのやりたくない」と言うだろうなと思っていた子が、「やるやる!」と言ったら、何でそう言ったんだろう? と考えるようになりますよね。
——なるほど。「多面的な意味づけ」を実践する上でコツはありますか?
「肯定と否定を使い分ける」ということです。例えばいい子だなという肯定的なとらえ方と、ちょっといい子を演じすぎていないか、無理しているのではないかという否定的なとらえ方と、対極のとらえ方をうまく使い分けることで、その間にあるものが見えてくることがあります。意味づけは基本的に読み取りとセットで考えます。その子の行動の理由、問題行動であれば、そうせざるを得ない背景とセットで考えていくと、意味づけもしやすくなるはずです。
今日からすぐに実践できること——価値観の「強要」ではなく「共有」
——子どもたちが非認知能力を伸ばすために、家庭でもすぐにできるようなことはありますか?
保護者さんだったら、シンプルに「褒めて伸ばす」「注意してなおす」ことで意識づけをしていくことですね。
この2つで言うと、褒めて伸ばす方が圧倒的に楽です。注意してなおすためには、別の方向に舵を切らせないといけないわけですから、大人も子どももエネルギーが必要になるからです。ただし、褒めて伸ばす場合にも、その褒めポイントが雑だとなかなか意識づけにつながらないと言う点は注意が必要です。
例えば、褒め上手な人ってどんな人を思い浮かべますか? 言い方が上手かったり、表情が伝わりやすかったりということが思い浮かぶかもしれないですが、それと同じくらい大事なのが「褒める内容」です。褒める内容がしょぼかったら、言い方や表情がどんなに良くてもあまり意識づけにならないんですよね。その点で言うと、私たちがやっていかないといけないのは「そんなところまで見てくれているの!?」と思われるような褒め方をすること。頻繁に褒める必要はありません。雑に褒めることを1日に10回するよりも、本人でも気づいていないようなことを1週間に1回褒めた方が、意識づけにつながるというわけです。
——回数ばかり気にしていてはダメということなのですね。本人でも気づかないことって、例えばどんなことなのでしょうか?
全く同じ話を岡山大学の生徒にしていた時に、同じ質問を受けたことがあります。その学生は、たまたまペットボトルの下にタオルハンカチを敷いて、机の上に置いていたんです。僕はそれを見つけて、「そのハンカチはなんでひいているの?」と聞いたら「水滴とかが机について、後の人が困るじゃないですか」という答えが返ってきました。次の人のことを考えてその行動ができるのはすごいことだと思うよという旨を伝えた時に、「そんなところまで先生は気づいてくれているんだなと思いました」と言ってくれて。本人でも気づかないことって、まさにこういうことなんです。
——「そんなところまで見てくれているんだ」という気づきは、信頼関係にも繋がりますね。
褒めたり叱ったりすることで意識づけするという行為は、価値観の「強要」ではなく「共有」です。だからこそ、子どもたちに「この人とだったら価値を共有したい」と思ってもらえる人になることが大事です。価値を共有したい人になるためには、決して雑な褒め方、叱り方をしてはいけないのです。
武蔵野高等学校:アカデミックマインド育成講座レポートはこちら