戦うためにブレーキなんて必要ない!
布施川:
本日は「日本一生徒数が多い社会科講師」こと、伊藤賀一先生にお越しいただきました!よろしくお願いします!
伊藤先生:
よろしくお願いします。
布施川:
実は僕、高校生のころから賀一先生にはお世話になっていたんです。
伊藤先生:
そうでしたよね。ありがとうございます。
布施川:
僕は、東京大学の受験では日本史と世界史の両方を使ったんですが、僕の高校ではカリキュラム上、日本史と世界史を両方とも受講することができなかったんです。そこで、日本史は受験サプリ(現在のスタディサプリ)を使って知識を得ようとしたのがきっかけでした。
伊藤先生:
ふむふむ。
布施川:
というわけで、僕は高校時代からお世話になっていたわけなんですが……本日は、勉強からいったん離れて、膨大な仕事を日々こなされている賀一先生の「仕事術」についてお話を伺えればと思っています!僕のイメージとしては、移動中もごはん中もずっと仕事をされているようなイメージですが……伊藤先生は一日にどれくらい仕事をされているんでしょうか?
伊藤先生:
それでいうと「起きてる間はずっと」ですね。
布施川:
ずっと!?
伊藤先生:
そう、ずっと。趣味とかは全然ないし、ご飯を食べるのも仕事の打ち合わせを兼ねたり、そうじゃない時は食べながら新聞読んだりしてるから、基本的には常にフル稼働ですね。ずっとアクセルをベタ踏み。
布施川:
そうなんですか、でもそれってこういっては何ですけど、しんどくないですか?
伊藤先生:
あー、それはね「やばい時にブレーキ踏まないっていう時間術」があるんですよ。
布施川:
ブレーキを踏まない時間術ですか。
伊藤先生:
車ってすごいスピードで走ってて、カーブが曲がり切れない〜!ってなったとき、絶対にやっちゃいけないのがブレーキ踏むことなんです。僕もこれと一緒。わざとブレーキとバックミラーを取ってあるんです。そうじゃないと、他の業界にもいる超一流の人と勝負にならないでしょう。僕は「普段会えない人と会える」という刺激を求めて仕事をしている部分があるから、常にそういう人たちと同じ舞台に上がらなきゃいけないんです。僕はそういった人々とは違う凡人なのにね。だから、屋根はない、ブレーキもない、バックミラーもない、そういった状況じゃないと、馬力のある人たちと同じ場所に立つ資格がないって思っているんです。
布施川:
なるほど。
伊藤先生:
僕は常に「自分がその場所にいていい人間なのかどうか」を考えてます。自分の力を錯覚していないからこそ、せめて心意気でその場にいられるようにしなきゃいけない。その心意気すらなくしてしまうと、もはや今、布施川さんとのこの対談の場にすらいる資格がないと思っているんです。
布施川:
そんなことないと思いますよ。
伊藤先生:
僕はもともと法政大学の学部卒です。例えばこれは予備校業界でいえば底辺なんです。もっといい大学や大学院出身の先生方がたくさんいる。だから、僕はコンプレックスではなく客観的に底辺だという意識がとても強い。ぼやっと立っていても商品価値はないんです。負ける要素しかない。だから、常にアクセル全開でないといけないんです。
でもね……、逆に「負けっぷり」も大事だと思っていて、負けてもいいんですよ。負けるときはどれくらいあっぱれに負けられるかが大事なんです。「敵ながらあっぱれ!」と思われるくらいにいい負けっぷりを見せられれば、次の仕事も来ますから。
布施川:
負けっぷりですか……。
「受験は納期」!?
伊藤先生:
僕みたいに納期が大事な仕事やってると、あらゆる仕事で一番大事なことって納期で、納期こそがすべてだなって思うんですよ。これは大学受験も一緒なんです。「受験は納期」ですよ。
布施川:
「受験は納期」ですか?
伊藤先生:
そう、受験の日までに、大学のレベルに応じて締切を守って何ページ分の勉強をちゃんと終わらせることができれば合格できる。これだけの話だと思っているんです。確かにいろいろな要素はほかにもあるけど、受験勉強は筋トレと一緒でやったら誰でも「それなりの結果」は出るものなんですよ。あとは締切のページ数をクリア出来たら受かるし、それがクリアできてなかったら落ちるというだけ。
布施川:
たしかに、その通りだと思います。
伊藤先生:
いまは「学歴社会」ならぬ「学校歴社会」でしょ? マスターやドクター取ったかよりも、バチェラー(学部卒)の中での高低を競ってる。でもそれって悪くないと僕は思うんです。むしろ会社はそれを重視すべきだと思う。なぜなら、受験勉強と同じく、すべてのビジネスもまた納期を守れるかどうかという勝負だから。なので、比較をしたときには、きっと僕は学校歴の高い方を取ると思います。
布施川:
学歴フィルターってやつですね。あれも意味があったんですね。
伊藤先生:
ところがね、ここに一つだけ考えなきゃいけないことがある。それは現役か浪人かってことですよ。僕はリカバリー力も大事だと思う。仕事にはあらゆるトラブルがつきものだからこそ、一回落ちて挫折した人間の納期を守る力というのも大事だと思っているんですね。周りの友人たちを見ても、浪人生って意外と就活で苦戦しないんです。ただし、二浪までならですけどね。それ以降は「納期を守れなかった人」ってイメージになっちゃうからダメ。
布施川:
就活でも苦戦しないんですか。
伊藤先生:
そうそう。僕は難関大学に入るためなら、二浪までであれば浪人した方がいいと思います。僕はそれをしなかったんですけど、それは家庭の事情とかもあるからね。でも社会に出てから思いましたよ。イメージでいえば、「現役で法政卒」の僕は「一浪の早慶」の人と同じ商品価値があると思ってたんです。でも、現実は違いました。一浪の早慶の人のほうがずっと商品価値が高いと思われていたんです。仮にその人たちが現役ではMARCHに落ちていたとしてもですよ。その経験もあって、僕は43歳になってから早稲田大学に行ってみました。そしたら、びっくりするくらいたくさんの仕事が来るようになったんです。
布施川:
早稲田に行ったからですか?
伊藤先生:
だって、仕事を依頼する側が早慶卒以上だったら、自分の人生がかかる仕事を誰に依頼するかって話ですよ。少なくとも自分と同じかそれ以上の出力を持った人に依頼したいでしょ?そうなると、早慶卒の人が早慶以上の人に仕事を頼みたくなるのは、本能的には自然極まりないと僕は思います。
布施川:
学歴なんか関係ないって意見もありますよね。
伊藤先生:
結果さえ出れば「どうでもいい」っていうだけで、「関係はある」。それって本当に仕事できる人は絶対に言わないんです。学歴も仕事の能力の一つですし、自分がそのハンディキャップを突破してきた人ならなおさらそんなことは言わないでしょう。
あとは忖度ですね。自分よりも学歴が低い人に余裕から「いやいや学歴なんか関係ありませんよ」って言えるだけ。あまり言いすぎると嫌みになっちゃって嫌われちゃうから、本当にクレバーならそんな忖度すらも言いませんよ。
布施川:
「文3ですから……」みたいに理3を引き合いに出して謙遜する場合もありますよね。
伊藤先生:
どこにいても上位互換がいるからね。でもその上位互換を引き合いに出せない状況になると強いというのもあります。
布施川:
「上位互換がいない」ですか。
伊藤先生:
替えの効かない人材ってやつですよ。ワン&オンリー。こいつはすごい、クレイジーだ、ってみんなから思われれば、上位互換のいない、替えの効かない人材になれる。ただ、こういうタイプは本を書いても売れないですけどね。
例えば僕とかはビジネス書を書いても売れないと思います。なぜなら、再現性がないから。「こいつしかできない」ってことを書かれても自分がまねできなきゃ意味がないでしょ? それでも、僕は仕事が来るんです。だってビジネス書以外の、僕にしかできない仕事があるから。
布施川:
たしかに、それはある意味では大きな価値ですね。
「替えのきかない人材」になるということ
伊藤先生:
でもね、ビジネスにおいて価値ってそれだけじゃないと思います。二つの方向性を持った価値がある。ひとつは、今言ったような「替えが利かない価値」というものです。替えが利かないから唯一性がある代わりに、先がない。例えば動物のライガーとかレオポンみたいに、こういったタイプの価値は「その世代限りで終わり」というのが特徴なんです。
一方で、もう一つの価値というものはジャイアントパンダとかオカピみたいな「珍獣」的なもの。こっちはレアなだけであって、あくまで再現性はある。どれだけレアかどうかを強調しなきゃいけない代わりに、次の世代を生み出すことはできる。
布施川:
なるほど。
伊藤先生:
だから、カルペディエムの西岡さんとか布施川さんはこういうタイプだと思います。あくまでめちゃくちゃレアであることには変わりないけど、マネができる。だから「あなたのマネをして合格しました」なんて人間もきっと出てくる。逆に、僕みたいな「くるってる」人になりたいなんて人はゼロだと思いますよ。
布施川:
先生をリスペクトする人は多そうですけど。
伊藤先生:
いやいや……。僕はそう思わせないように仕事してるんです。「○○先生みたいになりたい」って人は、結局その先生のコピーにしかなれない。目標にしている人を超えられないんです。確かに、僕の生徒さんたちも、最初は一瞬だけ「あ、賀一先生みたいな仕事って面白そうだな」って思うけど、そのあとで絶対に心変わりする。「あ、この人には勝てないわ」って思わせるんです。「じゃあ、自分は正規の教員の世界でがんばろう」とか。
布施川:
たしかに、僕も同じことを考えました。
伊藤先生:
僕は、生徒さんには、自分を超える存在になってほしいと思ってます。教官というものは教え子に自分を超えてほしいものなんだから、「自分みたいになりたい」なんて思わせちゃ絶対にダメですよ。だから僕は僕の業界を選ばせません。「おまえは俺に勝てると思ってるのか」ってプレッシャーをかけてますから。そこまで僕を生徒にほめさせないってことでもありますね。
布施川:
予備校業界は戦いですからね、そこまであがらせないってことなんですね。
伊藤先生:
そこまでの気迫がないとお客様には届かないですよ。まぁこういうことを言っても僕の場合は「あ、賀一先生っぽいな」って思われるから大丈夫なんです。僕ね、ひとつだけルールがあって、それは「あ、賀一先生っぽいな」って思われることしかしないってことなんです。「先生っぽくないな」って思われることだけは絶対にやらない。
布施川:
先生っぽいなってこと、よくわかる気がします。
伊藤先生:
例えば、僕と同じ名前の人が痴漢や盗撮で捕まったとしても、布施さんは「いやいや、賀一先生はそんなことしないから」って思うでしょう。そういうことですよ。
布施川:
(面白いけど、これ時間術につながるのかな……)
伊藤先生:
だから、僕は「僕がしそうなこと」の中からしか仕事を受けません。プロレスのリングアナウンサー、ラジオのパーソナリティ、作家、全部「伊藤賀一がやりそうなこと」の中にあるから受けているんです。その発想からくるタイムマネジメント術がある。
布施川:
(つながった……!)
伊藤先生:
僕はそういう人間である。だからこそ、フル稼働で働いても「賀一先生だし」と思われるわけですよ。「らしい」仕事であるからこそ、負担にならない。あとは、もっと再現性があることだと、僕は本当に飽きっぽいんです。3分しか集中力が持たない。
布施川:
そんなに飽きっぽいんですか?
伊藤先生:
そうそう。僕はよく生徒からウルトラマンみたいって言われますけど、半分正しいですよ。3分しかもたないから(笑) だからね、何かの仕事をしている時も無理して長々と集中しないようにしているんです。何か原稿をやっていて、飽きたら別の原稿に行く。それも飽きちゃったら違う仕事をする。それも飽きたらご飯を食べる。それも飽きたら風呂に入る。こうやって、自分を飽きさせないようにしているんです。
布施川:
面白いですね。そんなにスピーディに切り替えるんですか……。
伊藤先生:
今話したことって、全部「どうせやらないといけないこと」なんです。だからね、僕の身支度をしているところってすごく面白いと思いますよ。トランクスはいたら筋トレを始めて、それが終わったらメールの返信、それが終わったらヒゲを剃って……っていう風に、仕事の合間合間でどんどん「伊藤賀一」が出来上がっていくさまが見られますから。
布施川:
3Dプリンターみたいですね。
伊藤先生:
だから一気にやろうとしないっていうのが時間術だと思いますよ。場面を素早く切り替えることによって、時間をだらだら使わない。それと、もう一つだけルールがあるんです。自宅の僕の部屋にはいろいろな筋トレグッズがあるんですが、部屋に入ったら絶対に何か筋トレをしないと出られないっていう風にしています。こうやって義務というか、約束みたいにしちゃうのも効果的ですね。
布施川:
約束ですか。
伊藤先生:
僕は、じつは色々な人とも約束していると思っています。例えば、さっき言った「賀一先生っぽい」みたいな話も、これだって視聴者さんと僕との約束ですよね。こういう細かい約束を大量に課していて、これのおかげで勤勉に働けています。僕は自分自身を思っている以上に怠惰な人間だと思っているから。その約束を守れなかった時の罪悪感がエンジンになって僕を動かしているんです。
布施川:
その約束で自分を動かしているんですね。
「自分のエンジンを見極めろ!」
伊藤先生:
どれくらいのエンジンを積んでいるかが重要だと思っています。あとは気迫。そのエンジンというのも、どれくらいの目標を持っているかということ。どこを目標にしているかということで、カルペディエムの皆さんがみんな東大を勧めているのはとてもいいことだと思いますよ。僕だって、私大で明治志望という学生さんがいたら、必ず早稲田志望に変えさせますから。これは明治をおとしめているわけではありません。明治大学という大学は「早稲田に受かる」という気迫がないと落ちる大学だと思っているから。
布施川:
富士山頂まで登るぞって思わないと山頂まではたどり着けないって話ですよね。
伊藤先生:
ボクシングをやっている人とかも、きっと世界チャンプになりたいと思って始めるでしょう。政治家さんだってどこどこの区会議員になりたいと思って始めるんじゃなくて、最終的には内閣総理大臣になりたいと思って始めると思います。その心意気こそがエンジンですよ。目標を可能な限り高く持たないといけない。
布施川:
家庭の事情などはあるにしろ、最強を狙うってことですね。
伊藤先生:
そうそう。私立大学と国立大学とかも、あれは競技の違いみたいなもんだと思ってます。私立大学は普通のボクシングで、国立大学はキックボクシングなんです。足も使える。でも、キックでバケモンみたいに強くて普通のボクシングをやっても勝てちゃう人はいる。東大生とかはそうですよね。
布施川:
なるほど、わかりやすい例えですね。
伊藤先生:
那須川天心さんとかはその最たる例ですよ。あらゆるジャンルで最強になりに行っている。彼のマネは誰もできないでしょうけど、彼のエンジンは見習える部分がありますよ。どんなジャンルでも最強になろうとしているわけですし、彼こそ「替えの効かない人材」ってやつですよね。
布施川:
積むエンジンを強くするってことですね。
伊藤先生:
自分が織田信長みたいに「一代限りで弾けて本能寺で死んでもいい」ってタイプなのか、徳川みたいに「子孫代々15代繁栄したい」ってタイプなのか。どんなエンジンなのか以外にも、どんなタイプなのか、どんな構えなのかも大事ですよ。これ次第で自分のタイムマネジメント術も変わってきますから。
あとは生き方も大事。チーターみたいに一人で狩りをするのか、ライオンみたいに自分は君臨してメスライオンに狩らせるのか。一人で戦うなら足が速くなきゃいけない。一芸がないといけないんです。で、別にそうでなくてもいい。オオカミみたいに群れ全体で狩りに参加するみたいなのもいいでしょう。どれにせよ、自分がどんな狩りをして生きていくのかを見定めることが大事です。
布施川:
狩りのタイプですか。
伊藤先生:
同じように、ポジションというのもある。例えば、自分はサッカーで行ったらフォワードなのか、ミッドフィールダーなのか、ディフェンダーなのか、キーパーなのか、はたまたコーチなのか、監督なのか。これは言い換えればスタイルともいえるでしょう。この狩りの仕方とかスタイルがきちんと決まってくると、仕事の種類も決まりやすい。そうなれば、時間の使い方だっておのずと決まってきますよね。
布施川:
なるほど。