近年、教育現場で注目を集めている「ウェルビーイング教育」。「ウェルビーイング」とは、単なる「幸福」ではなく、心・体・社会のすべてが満たされた状態を指します。
とはいえ、その具体的な意味や教育との関係性について、はっきり説明できる人は多くはないでしょう。
この記事は、ウェルビーイング教育の定義や背景、そして実践方法をわかりやすく解説するものです。日々子どもたちの挑戦を応援するカルぺ・ディエムが、生徒・教員の心身の健康を育むためのヒントを提供します。【2025年10月29日編集】
そもそも「ウェルビーイング」とは?
「ウェルビーイング」の定義
まず「ウェルビーイング(Well-being)」とはどのような意味なのでしょうか。
この言葉は、1946年のWHO(世界保健機関)が設立された際に初めて登場しました。
「健康とは、病気ではないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、全てが満たされた状態にあることをいいます。」
このように、ウェルビーイングは「満たされた状態」と訳されています。「肉体的にも、精神的にも、社会的にも、全て」と書かれているように、WHO憲章で定義されている「健康」の概念はとても広いということがわかります。
身体が健康であること、心が豊かで幸せであること、そして社会が良好な状態であること。それがウェルビーイング、つまり「幸福」な状態であるということです。

ウェルビーイングが注目されている背景
ウェルビーイングが注目されている背景には、経済成長や物質的な豊かさだけでは、人びとの幸福を十分に測れないという社会的な気づきがあります。
現代社会では、ストレスや孤立、メンタルヘルスの悪化などが深刻化し、心の健康や人とのつながりの重要性が再認識されているのです。また、SDGsでも「すべての人に健康と福祉を」が掲げられ、幸福や生きがいを重視する価値観が国際的に広がっています。
さらに、テクノロジーの発展や働き方の多様化が進む中で、「自分らしく生きる」「社会と調和して生きる」といった視点が求められるようになりました。こうした流れから、ウェルビーイングは個人の幸福だけでなく、社会全体の健全な発展を支える概念として注目されているのです。
ウェルビーイング×教育
では、そんなウェルビーイングが教育分野に持ちこまれているのには、どのような背景があるのでしょうか。ここでは、ウェルビーイング×教育という視点で詳しく見ていきます。
教育分野におけるウェルビーイングとは
教育分野におけるウェルビーイングとは、子どもが心身ともに健やかで、安心して学び、成長できる状態を指します。単に「子ども時代を楽しく過ごす」のではなく、学習や人間関係、自己理解などを通じて、自分らしく生きる力を育てることが主な目的です。
近年、学力偏重の教育では、子どものストレスや自己肯定感の低下を防ぎきれないという課題が明らかになりつつあります。そのため、学校が「知識を教える場」から「心と社会性を育む場」へと役割を広げる動きが進んでいるのです。
授業や学校運営の中で、生徒どうしの関係づくり、安心できる学級環境、教員自身の心の健康など、学校全体の文化としてのウェルビーイングが求められています。すなわち、教育におけるウェルビーイングとは、学びを通じて子どもたちが自分の可能性を発揮し、他者や社会とよりよく関わるための基盤を整える取り組みと言えるわけです。
日本の若者のウェルビーイングの現状——希望を持てない背景とは
では、日本のウェルビーイングの現状はどうなっているのでしょうか?
国連が毎年発表する「世界幸福度報告(World Happiness Report)」によると、2024年の日本の幸福度は143か国中51位。先進国の中では依然として低い水準にあります。特に、若い世代においては「将来への希望の低さ」が顕著です。
カルペ・ディエムでは、生徒さんに「カントリルのはしご」と呼ばれる質問を投げかけています。
——「あなたの人生を0(最低)から10(最高)のはしごに例えると、いまは何段目ですか?」
——「5年後は何段目に立っていると思いますか?」

この質問に対し、中高生121名の回答から「現在:平均5.4段」「5年後:平均4.9段」という結果が得られました。つまり、多くの生徒が「未来の自分」をいまよりも低く見積もっているのです。
背景には、少子高齢化の進行や社会構造の硬直化などにより、「自分の力で未来を変えられない」と感じる若者が増えていることにあります。
朝鮮の機会が減り、失敗を恐れる風潮が強まる中で、子どもたちの心のウェルビーイングが揺らいでいるのです。こうした現状こそ、教育にウェルビーイングの視点が求められる理由のひとつと言えます。
生徒のウェルビーイング
日本の若者が将来に希望を持ちにくい現状を踏まえると、教育現場で求められるのは「生徒が安心して未来を描ける環境づくり」です。これこそが、ウェルビーイング教育の出発点といえます。
ウェルビーイング教育は、生徒の幸福や心の健康を第一とした教育です。その要素は大きく3つにわけられます。主観的な幸福感、他人と共同生活をすることで得られる幸福感、そして快適で安心できる環境の3つです。以下に、それぞれの具体的な内容を示します。
主観的幸福感
・学校が楽しい
・自分のことが好き
・部活動や委員会にやる気がある
・苦手なことにチャレンジできる環境
他人と共同生活をすることで得られる幸福感
・友人との心のつながり
・相談できる大人がいる
・先生のことが好き
・クラスの居心地がいい
・誰かの役に立ちたい
安心できる環境
・校舎や設備が快適・清潔である
・いじめなど危険がない
・必要なものが揃っている
教員のウェルビーイング
さらに、ウェルビーイング教育を考える上で忘れてはならないのは、生徒を育てる側の教員にも、以下のようなウェルビーイングの構成要素があるということです。
主観的幸福感
・学校の仕事が楽しい
・教育に意欲を感じる
・子供の成長を実感する
他人と関わることで得られる幸福感
・指導方法を学ぶ機会がある
・職場の居心地が良い
・生徒との信頼関係がある
・保護者や地域との信頼関係がある
「教育」と言うとどうしても生徒に目を向けがちですが、まずウェルビーイングを高めるべきは、子どもを育てる大人。教員や親が幸福感を持って子どもに接することで、子供はそれを前向きに受け止め、幸福感の好循環ができあがるのです。
ウェルビーイング教育の実践方法
では、ウェルビーイング教育を実践するためには、どのような取り組みを取り入れればよいのでしょうか。ここでは、生徒のウェルビーイングにつながる実践方法を5つ紹介します。
レベル別少人数授業
レベル別の少人数授業は、生徒が安心して学べる環境づくりに有効です。少人数だからこそ、疑問を感じたときにすぐに質問でき、教員との距離も近くなります。「わかる」「できる」という実感を積み重ねることで、学習意欲や自己肯定感が高まりやすくなるのです。
ただし、学力差をそのまま見える形にしてしまうと、「自分はできない子だ」と感じさせてしまう危険もあります。ウェルビーイング教育では、学びの差を「能力の上下」ではなく「学び方の違い」として捉える視点が大切です。
例えば、「基礎をじっくり学ぶ」「応用に挑戦する」といったように、それぞれのクラスに意味づけを行えば、生徒は安心して自分に合った学びを選び、前向きに取り組むことができるでしょう。
いじめ・不登校対応
いじめや不登校の問題は、生徒のウェルビーイングに直結する重要なテーマです。中高生は大人が思う以上に繊細で、たとえ教員が間に入って話し合いを行っても、すぐに状況が改善するとは限りません。人間関係が複雑に絡み合う中で、教員だけがすべてを抱え込むのも、学校全体として健全とは言えないでしょう。
大切なのは「登校させること」や「表面的な和解」を目的としないことです。生徒一人ひとりの特性や状況に応じて、どんな環境なら安心して過ごせるかを学校と家庭が協力して考えることが、真の意味での支援につながります。
最近では、フリースクールや教育支援センターの数も増えてきて、子どもたちの選択肢も広がっています。それぞれのウェルビーイングを実現するために、さまざまな道を示すことも大切です。

部活動・委員会
部活動や委員会は、学業とは異なる形で生徒のウェルビーイングを支える重要な場です。仲間と協力して目標に向かう経験は、達成感や自己有用感(誰かの役に立っているという感覚)を育みます。また、年齢やクラスを超えた関わりを通して、人間関係の幅を広げられることも大きな魅力です。
ただし、過度な競争や上下関係が強調されると、かえって心身の負担となることもあります。ウェルビーイングの観点からは、「結果」よりも「プロセス」を重視し、生徒一人ひとりが安心して挑戦や成長を実感できる場にしていくことが重要です。
総合的な学習の時間
「総合的な学習の時間」は、生徒が自分の興味や関心をもとに課題を探究する活動であり、ウェルビーイング教育と非常に親和性の高い学びの場です。自分でテーマを設定し、調べ、考え、発表する過程を通して、「自分の意見を持てる」「社会とつながる実感を得る」など、主体性や自己肯定感を育むことができます。
また、この時間では正解のない問いに向き合うため、失敗や試行錯誤を自然なものとして受け止める姿勢も身につきます。これは、挑戦を恐れずに行動できるウェルビーイングの土台となる力です。

キャリア教育
キャリア教育は、生徒が自分の将来を主体的に描けるように支援する取り組みであり、ウェルビーイング教育の中核をなす要素のひとつと言えます。職業体験や企業・地域の方による講演などを通じて、社会で働く人びとに触れることは、「将来への具体的なイメージ」を持つきっかけになるでしょう。
これらの体験を通して、生徒は「自分はどのようなことに価値を感じるのか」「どんな働き方が心地よいのか」といった内面的な幸福の基準を見つめ直すことができます。単に職業を選ぶための学びではなく、「自分らしく生きるための選択力」を育てることにつながるのです。
おわりに
いかがでしたでしょうか。
ウェルビーイング教育は、眼にみえる成果を追うものではありません。しかし、生徒が安心して学び、自分らしさを発揮し、未来に希望を持てる状態をつくることは、どんな教育活動にも通じる根本的な目的です。
学力や偏差値といった数値では測りにくいからこそ、学校現場では後回しにされがちですが、生徒一人ひとりの幸福感こそが学びの意欲や成長の原動力になります。
教員や保護者、地域の人びとが協力しながら、生徒の心と社会のつながりを育てていくことが、これからの教育に求められる姿です。この記事が、ウェルビーイングの視点から学校を見直す小さなきっかけになれば幸いです。【2025年10月29日編集】
文責:西藤実咲 / メディア事業部











