さて、読書の秋ということで、今回は僕、西岡壱誠の「おすすめの作品」をみなさんにご紹介したいと思います。
何を紹介しようかなあ、と色々考えたのですが、今回は僕は、坂口安吾『堕落論』を紹介しようと思います。
堕落論は、そのタイトルの通り「堕落」ということをテーマに書かれた作品です。
堕落、というと大きなマイナスイメージを持つ人がほとんどでしょうし、僕も同じことを思ってこの作品を読んだのですが、意外とこの作品、明るいんですよね。
この作品が言いたいのは、「人間は誰でも堕落するよ」ということです。
たとえば綺麗な花があったとして、その花が綺麗な瞬間も一瞬のことで、いつかは枯れてしまいます。
それと同じように、人間も、若い頃の情熱を忘れて、どんどん堕落していってしまうものです。「英雄」と呼ばれた人も、年老いていくとどんどん醜くなっていきます。
ずっと若いままではいられなくて、欲に塗れたり、保身をすることが必要になったりして、どんどん歳を取っていってしまう。
堕落論の中ではこんな風な言葉があります。
「人間は堕落する。義士も聖女も堕落する。
それを防ぐことはできないし、防ぐことによって人を救うことはできない。
人間は生き、人間は堕ちる。
そのこと以外の中に人間を救う便利な近道はない。」
この堕落論の面白いところは、「だから生きることには絶望しかない!」と言っているわけではないということなんです。「そんなもんだから、楽しく堕落しようね」と言っているんです。
人間は堕落するけれど、それでいい。
綺麗なままで、かっこいいままでいられたら、それは夢のような話だけれど、そうはなれない。だから、結局、生き汚く生きていく方がいいんだよ、と坂口安吾は語っているのです。
ちなみに、芥川龍之介とか太宰治とか、いろんな文学者が自殺という道を選んでいる中で、彼はその道を選ばなかった人間です。お酒や博打を楽しみ、天寿を全うしたのが坂口安吾という文学者なのです。
僕はこの作品を、浪人中に読みました。もちろん浪人というのは、受験に「堕ちる」ということですから、メンタルはボロボロで、「どうして自分は堕ちてしまったんだ」と考えていた時期でした。でも、そんな中でこの本を読んで、「ああ、自分は、一体何を悩んでいたんだろう?」と思ったんですよね。
不合格になったのは事実ですが、不合格になったからと言って、人生が終わるわけではありません。完璧な人生なんてなくって、これから先の人生でも何度も失敗して、何度も「堕ちる」。それが人生なのであって、別に墜ちることは悪いことではないんだ、と。
さて、「堕落論」を読むと、僕はいつも、全然違うテイストのとある小説のことを思い出します。
西尾維新の、「恋物語」です。この作品のワンシーンで、物語の悪役(詐欺師)が、主人公に振られて自暴自棄になっている女の子に対してこう言い放ちます。
「千石、俺は金が好きだ。
なぜかといえば、金は全ての代わりになるからだ。
物も買える。命も買える。人も買える。心も買える。幸せも買える。夢も買える。ありとあらゆるものの代用品になる、オールマイティーカードだからだ。
とても大切なもので、そしてそのうえで、かけがえのないものではないから好きだ。
逆に言うと俺はな、かけがえのないものが嫌いだ。これがなきゃ生きていけないとか、あれだけが生きる理由だとか、それこそが自分の生まれてきた目的だとか、そういう希少価値に腹が立って仕方がない」
そして、こう続けるのです。
「阿良々木(主人公)と付き合うなんてかったるいことは、代わりにどっかの馬鹿がやってくれるってよ。
だからお前は、そんなかったるいことは終わりにして、他のかったるいことをやればいい。やりたいこともしたいことも、他にいくらでもあるだろ?」
どんな励まし方だよ、と思いますよね。
でも、これって正しいと思うんです。死ぬほど絶望したって、悲しくたって、辛くたって、続きが気になる漫画もあるでしょう。公開が楽しみな映画もあるでしょう。
人間が「生きる」理由なんていうのは、実はその程度でもよかったりします。
生きる理由とか、やりたいこととか、そういうのは「取っ替え引っ替え」でもいいし、「あれがダメならこれで行こう」で何にも問題がないわけです。
この点においては、堕落論の中でも同じようなことが述べられています。
「戦争がどんなすさまじい破壊と運命をもって向うにしても人間自体をどう為しうるものでもない。戦争は終った。特攻隊の勇士はすでに闇屋となり、未亡人はすでに新たな面影によって胸をふくらませているではないか。人間は変りはしない。ただ人間へ戻ってきたのだ。」
結局、「生きる」というのは、堕落の繰り返しなのです。好きな人をずっと思い続けられたらそれは綺麗だけど、でも人はそんなに強くないし、強くなくてもいい。「あれがダメならこれで行こう」でいいんです。
さらに、詐欺師はこう続けます。
「唯一の人間なんて、かけがえのない事柄なんてない。人間は、人間だから、いくらでもやり直せる。いくらでも買い直せる。」
何かのために自分の人生を賭ける瞬間があります。
そして、その賭けに負けて、失敗する瞬間があります。
そこで「ああ、自分の人生を賭けたのに失敗してしまった、もうダメだ」と考えるのか、「まあ、こういうこともある。辛いけれど、次に活かそう」と考えられるのか。
『大切なものを持たない方がいい』というわけではありません。
大切に思うものを作って、それに打ち込んだり、時間を費やしたり、それは意味のある行為です。でも、もしそれがうまくいかなくても、生きていくことはできるし、また新しく大切なものを作ればいいわけです。
この秋、「生きる」ということについて向き合って、いろんな作品を読んでみてはいかがでしょうか。そしてその時に一番おすすめなのが、堕落論です。みなさんぜひ、読んでみてください!
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