日本がふるさとの「外国人」の話 第1回

4月の真昼の渋谷。ドリンクスタンドの前でメニューと睨めっこをしていると、上から細い声が降ってきた。

「ハロー」

“Hello, umm…”

メニューから視線を外して店員の顔を見上げる。なんだか顔がこわばっているな。緊張しているのだろうか。

「何かおすすめはありますか。」

ふっと緊張がほどける。

「外国人には抹茶味やほうじ茶味が人気です。」

抹茶は大好きだ。でもなんだかしっくりこない。少し悔しい。

「日本人には?」

「日本人には、イチゴ味やチョコ味が人気ですね。」

ううん、やっぱり何か違う。もう一度メニューに目を通す。

「じゃあピーチ味で。」

店員は苦笑いして、いくつものピアスで飾られた左耳をこちらに向け、ドリンクを作り始めた。

「日本は長いんですか。」

できあがったドリンクを手渡しながら、私に尋ねる。

「生まれも育ちも日本です。」

「え、すごーい!」

「あ、ありがとうございます。」

ぎこちない笑顔を浮かべてドリンクを手にお店を去る。この会話、今週2回目だな。ふと思って、今度はこちらが苦笑いする。

世の中には、「Where are you from?(どちらの出身ですか)」という質問に対して、確かな答えを持っていない人がいる。自分が何人であるか、というとても単純そうな問いが、その人には最大の難問のように感じられるのだ。わたしも、自分が何人なのかよくわからない人間のひとりである。

日本で出身を聞かれたときは、「仙台市です」と答えることにしている。だって、わたしのふるさとは仙台市だから。地元の友達が出身を聞かれてそう答えているならば、自分だってその答えで正解なはずだ。

しかし、困ったことに、そう答えると、いつもとても困惑した表情を向けられる。どうも私の容姿と「仙台市出身」という言葉が、ひとびとの頭の中でなかなか結びつかないのようだ。確かに鏡に向き合うと、わたしは典型的な「仙台市出身」というサンプルにあまり当てはまらない気もする。ただ、事実を答えたことには変わりがないので、頑固なわたしはいつも困惑した表情を前ににこにこしている。

すると、次によく聞かれるのが、「ハーフですか」。頑張ってわたしの姿と流暢な日本語を結び付けようとしているのだろう。ちなみにわたしは「ハーフ」という表現を好まないが、それは一旦さておき、この予想も全く不正解である。私は、相変わらずにこにこしながら「違います」と答える。ここで、たいていの人はしびれを切らして「早く謎を解き明かせ」と目で訴えてくる。また、中には、見事に正解にたどり着く人もいる。わたしのほうも、その日の気分によって、だいたい二通りの反応をとっている。面倒くさくなって相手の反応にかかわらず自分で種明かしをするか、にこにこしながら相手の返答を楽しみ続けるか。

これまでの話を聞くと、あたかも超難解な謎を抱えているように聞こえるが、本当は謎めいたことなど全くない。私は、インド人の両親のもとで仙台市で生まれ育ったのである。なぜこのシンプルな事実が、こんなに多くの人を困惑させているのか、わたしは今でもよくわかっていない。ともあれ、「外国人として日本で生まれ育つ」ということが、珍しい、ときには謎の、現象として捉えられていることは確かである。だから、せっかくなので、このような困惑に満ちた少しユニークな自分の日常について、お話していこうと思う。

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この記事を書いた人

東京大学では、法学を専攻。人権問題や環境問題に関心があり、学部卒業後は公共政策大学院に進学(予定)。高校時代から遅くとも22時半には就寝する、極度の朝型。趣味は、ランニング・映画鑑賞・サッカー観戦など。

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