“9浪はまい”へインタビュー! 悩む学生に伝えたい——「悩んだ経験は絶対に無駄にならない」

9浪をして早稲田大学に合格、2022年に教育学部を卒業した、9浪はまいでおなじみの濱井正吾さん。「苦労しました、9浪だけに。」と笑顔でおなじみの挨拶をする濱井さんの過去には、一筋縄ではいかない大変な経験がありました。濱井さんの過去、そしてその経験をもとに抱くようになった「背中を押せる人になりたい」という強い思いをインタビューしてきました!

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大学進学者ゼロの環境、それでも大学受験をしたかった

—— 濱井さんは9浪されて早稲田大学に入学したということでも有名ですが、どのような経緯で9浪することになったのでしょうか?

私は出身の環境的に大学受験をする文化がなく、小さい頃から大学に行くイメージというのは持っていなかったです。10歳のときに父が倒れたということもあり、高校卒業後はそのまま就職して、母を支えるんだろうなと漠然と思っていましたね。それもあって、高校は地元にある偏差値40くらいの商業高校に入学しました。

ただ、高校に入学してから、所属していた野球部でいじめられてしまったんです。そのストレスから、部活前に動悸が激しくなってしまったりもして、結局高校2年生の6月に退部することになりました。そのときに、「自分をいじめた人たちを、どうにかして見返したい」という思いが生まれたんです。そのためには、社会的な地位を得るのがいいだろうと思ったんですが、当時はそれを達成する方法がわかりませんでした。でもある日、ネットゲーム上で出会った大学生に、「大学受験」という選択肢を教えてもらい、このときから私の大学受験への挑戦が始まりました。

——9浪の始まりには、「見返したい」という強い思いがあったのですね。ゼロから大学受験に挑戦するのは大変なように感じますが、実際はどうだったのでしょうか?

やはりどう勉強していいかがわからなかったですね。商業高校ということもあり大学受験に関する知識がなかったので、最低限小論文の指導をしていただくくらいでした。そんなこともあり現役で第1志望にしていた大学には合格できず、資格推薦というものを使って別の大学に進学しました。

実際に大学に入学してみると、高校とあまり環境が変わらないということに落ち込んでしまったんです。キャンパスにタバコの吸い殻が落ちていたり、授業中も騒がしかったりという感じですね。このままでは、自分の人生は変わらないのではないか、と思いました。

そんなことを思っているときに、いろんな大学の人と交流するサークルで、京都大学や同志社大学の方と話す機会がありました。彼らと話していて、自分にないものをすべて持っている人たちだなと思ったんです。努力をしてきた人たちだからなのか、すごく優しくて自分に自信があるし、思慮深く人間としての厚みが全然違うな、と感じました。「どうしたら彼らみたいな人間になれるんだろう」と考えたときに、努力した経験と教養だというところに行きつき、それを実現してくれるのは大学受験だと確信しました。

——「大学受験」という経験が及ぼす影響の大きさを実感したんですね。そのあとは別の大学に入り直したのですか?

大学の先生に指導してもらいながら勉強できるスペースがあったので、そこで英語などの勉強をして大学3年生から、龍谷大学に編入しました。しかし、私はここでまたコンプレックスを抱えることになります。というのも、自分が勉強してきたのは、1度目に入学した大学で専攻していた経済学、小論文、標準レベルの英語のみで、一般受験で合格している人たちに比べて学力の差があるなと感じたんです。「どうすればこのコンプレックスを克服できるのかな」と考えたときに、大学受験でいい大学に入るしかないのかな、と思いました。それからは、大学に在学しながら受験勉強をする、いわゆる仮面浪人をしていました。

じつはこのときに就職活動もしていて、卒業後は一般企業に就職しました。受験はお金がかかるものですが、これ以上実家に負担をかけるわけにはいかないと思ったからです。なので、5浪目から7浪目は、日中は仕事をして受験費用を稼ぐ、夜間は予備校に通うというような生活をしていました。ただ、学力はなかなか上がりませんでした。

急転直下の9浪目、掴んだ早稲田合格

——仕事をしながらも、大学受験の夢は諦めていなかったのですね。最終的には早稲田大学に合格しているわけですが、どのタイミングで学力がアップしたのでしょうか?

8浪目からは仕事を全て辞めて予備校での勉強に専念していたのですが、そのときにも学力は上がりませんでしたね。こんなに勉強しても学力が上がらないのは、大学受験に関する情報がないからなのではないかと思い、9浪目のときに都心部で受験に関するノウハウを持っている塾に通うことにしました。すると一気に学力がアップして、早稲田大学に合格することができました。

——そこで受験生活が終わるのですね。9年の受験生活というと、途中で心が折れてしまいそうにも感じます。濱井さんが頑張り続けられたのはどうしてですか?

自分が自分の可能性を諦められなかったというのはありますね。私は勉強をすることに対して褒められたことがなくて、「勉強なんて意味がない」「働く上で勉強は必要ない」みたいなことを言われることが多かったです。同時に、「お前には勉強の才能がない」なんてことも言われたんですが、ちゃんとした環境で勉強していないのにどうしてそんなことが言えるのか、と思っていました。

一方で、私が初期に出会った京都大学や同志社大学の学生は視野が広いなと感じていました。だからこそ、自分がいまいる視野の狭い環境から1歩出て、広い世界を見てみたかったし、自分を馬鹿にしていた人たちを見返したいという反骨精神で頑張っていましたね。

——なるほど。濱井さんというと早稲田大学への思いが人一倍強い印象がありますが、そのきっかけはどのようなものだったのでしょうか?

私が15歳のときに、甲子園で早稲田実業の斎藤佑樹さんが登板する試合を見たのが最初ですね。応援席の生徒たちが肩を組んで「紺碧の空」という歌を歌っていたんですが、どこの高校よりも迫力や一体感があって、そのコミュニティが羨ましかったんです。そのあと大学受験に挑戦し始めてから、早稲田大学キャンパスの荘厳な雰囲気や、熱い思いを持った人たちが年齢関係なく集まる多様性ある環境に惹かれていき、第一志望になっていました。

「背中を押せる人になりたい」——辛い経験から抱いた強い思いとは

——早稲田大学では教育学部に入学されたとのことですが、どんな思いで教育学部を選んだのですか?

大学受験の際にいろんな人から、心折られそうになる言葉をかけられたことが大きな要因ですね。なんで頑張っている人の背中を押せないんだろうって思ったときに、すごく悲しい気持ちになりました。そういう状況に置かれていたのは私だけではなくて、当時一緒に勉強していた受験生の中には、自分と同じように周囲から頑張れって言ってもらえなくても頑張っている人たちがたくさんいました。そんな経験から、教師として人の背中を押せる人になりたいと思うようになり、教育学部を選びました。

——教員になることが夢だったのですね。現在はカルペ・ディエムで働かれていますが、それはどうしてですか?

教師になるとしばらくは1つの現場しか行けないですが、この会社ならいろんな現場にいくことができて、より多くの人と接することができますし、より多くの人の背中を押すことができると思ったからです。

実際、現場で直接生徒さんたちとお話しするだけではなく、書籍や動画などを通じて自分の言葉を伝えていくことができるので、自分のやりたいことに一番あっていると感じています。

——環境に恵まれていない人を、自分の言葉で勇気づけたいということなんですね。

そうですね。私は、小さい頃に出会ったすごい人に背中を押してもらう経験は、その子の自己肯定感に大きな影響を与えると考えています。たとえば、プロ野球選手に「筋がいいね」と褒められた子どもが、その言葉を信じて努力し、野球選手になったという話もあったりしますよね。だから私も、そんなふうに子どもたちに可能性を与えられるような存在になりたいと思っています。

——努力をして夢を実現した濱井さんだからこそ言えることがありそうですね。最後に、学生に向けてメッセージをお願いします。

学生の皆さんは、受験に限らずいろんな悩みを抱えていると思います。でも、その悩みを乗り越えられたら、自信に繋がるんじゃないかなと思います。たとえば私は、「浪人していた9年間は無駄だったんじゃないか」ということを言われたりもするんですが、私はそうは思いません。この9年間の挫折や苦労を乗り越えられたからこそ、これから何があっても大丈夫だと思えるからです。ですから、皆さんが今悩んでいることや苦労していることは、決して無駄ではないということをお伝えしたいです。

講師プロフィール

濱井 正吾(はまいしょうご)
1990年生まれ  早稲田大学教育学部国語国文学科卒業

9浪の末、早稲田大学に一般受験で合格。『バンカラジオ』(登録者65万人)、『トマホーク』(登録者16万人)といった若年層に人気のエンタメYouTubeチャンネルに出演を続けながら、他の教育系YouTuberの動画にも出演し、自身の人生体験を話している。Twitterフォロワー数は25000人(2022年8月現在)。

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この記事を書いた人

大学では教育学を専攻。学業の傍ら、中高生向けのイベント企画や本の企画・編集に従事してきた経験から、人に新しい「出会い」を提供することに興味がある。ジブリとロードバイクが趣味。

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