近年、SEL(Social Emotional Learning:社会情動的学習)教育が重要視されつつあります。
SEL教育とは、一体どのような教育方法なのでしょうか? それを行うことによって、どのような力が身につくのでしょうか。
この記事では、SEL教育の内容や重要性、課題や実践例などを、東大教育学部生の碓氷明日香が徹底解説します!
SEL教育とは?
そもそも、SEL教育とはどのような教育のことなのでしょうか。ここでは、SEL教育の概要とSELを支える5つの柱について解説します。
そもそもSELとは?
SEL(Social Emotional Learning:社会情動的学習)とは、生徒が「自分の感情を理解し、適切に表現・調整することで、他者と健全な関係を築きながら、責任ある意思決定をする力」を育てる教育のことです。
これまでの教育は、学力や知識の習得が最優先事項として掲げられてきました。
もちろん、学力や知識は生きていくために必須のものですが、それ以外にも重要な人として社会の中で生きていく力があります。
近年はそういった知識詰め込み型の教育の反省を活かし、「人として社会の中で生きていく力」を育むことが目標のひとつとして掲げられているのです。
SELはその力のうちのひとつ。
これから先、社会は予測が困難な変動多き時代に移り変わっていきます。その中を生き抜くためには、SELが欠かせません。
SEL教育で育成すべき5つの領域
SEL教育では、次の5つの力をバランスよく育成することを目指します。
①自己認識(Self-Awareness):
自分の感情や強み・弱みを理解し、自尊感情を育む力です。
「自分は今緊張している」「悲しいから怒っているんだ」と感情に名前をつけたり、「私は冷静に論理的な判断をするのは得意だが、誰かの気持ちに共感するのは苦手だ」というように、自分を客観視して、得意不得意を自覚したりします。
その上で、これが自分なんだ、とまるごと自分を肯定する力を身につけます。
②自己管理(Self-Management):
感情や行動をコントロールし、目標達成に向けて努力を続ける力です。
衝動的な言動を抑えたり、ストレスを乗り越えたりするスキルもここに含まれます。
③社会的認識(Social Awareness):
他者の気持ちや立場を理解し、多様性を尊重する力です。
クラスメイトや地域社会の背景の違いに気づき、思いやりや共感をもって接する態度を養います。
④対人スキル(Relationship Skills):
他者と協力し、健全で前向きな人間関係を築く力です。
友人や先生との信頼関係づくり、意見の違いを調整する力、チームワークを発揮する力が含まれます。
⑤意思決定力(Responsible Decision-Making):
倫理的かつ責任ある選択を行う力です。
自分や他者への影響を考え、冷静で適切な判断を下すスキルであり、問題解決や進路選択の際にも大切になります。
これら5つの領域は相互に関連しており、ひとつの力が伸びることで他の力にもよい影響を与えます。
これらをバランスよく伸ばすことで、生徒一人ひとりが精神的に大人に近づくことができるのです。
なぜSEL教育が重視されているのか?
では、そのSEL教育がなぜ重視されているのでしょうか。ここでは、背景にある教育界の3つの動きを解説します。
学力だけでは測れない「非認知能力」への注目
これまで、教育の成果は、テストの点数や偏差値といった「認知能力」によって測られることが多くありました。
しかし近年の研究では、自己肯定感や協調性、粘り強さなどの数字で測ることのできない「非認知能力」が、学業成績や将来の社会的成功に大きく影響することがわかってきています。
SELは「非認知能力」のひとつであり、それを育むSEL教育は、「学力だけでは見えない子どもの力」を引き出すことが可能な現代に欠かせない教育方法として注目されてきているのです。

いじめや不登校、メンタル不調の増加
学校現場では、いじめや不登校、ストレスや不安に悩む子どもたちが増えています。
その背景には、人間関係の希薄化やSNSの影響など、子どもたちを取り巻く環境の変化があると考えられるでしょう。
SEL教育は、生徒が自分について知り、他者との違いを尊重して健全な関係を築く力を育みます。
これにより、いじめや孤立を防ぎ、子どもたちの心の健康を支えることができると期待されているのです。
グローバル社会で求められる人間力
現代社会では、多様な文化や価値観を持つ人々と協働しながら課題を解決する力がますます必要とされています。
そんな社会を生き抜くためには、英語力や専門知識だけではなく、相手の立場を理解し、異なる部分を尊重し合いながら共に行動できる「人間力」が必要不可欠でしょう。
SEL教育は、共感力や対話力、協働性などのスキルを育てるため、グローバル社会で生きる子どもたちにとって重要な教育として世界に広がりを見せているのです。
SEL教育の課題
一見、メリットばかりのように見えるSEL教育ですが、デメリットも存在します。
ここではSEL教育が抱える3つの課題について詳しく解説します。
課題その1:時間確保の難しさ
学校現場では、学習指導要領に基づく授業や行事、生活指導などですでに時間がぎっしりと詰まっています。
いわゆる「カリキュラム・オーバーロード」の状態の中で、新たにSEL教育を取り入れる余裕を持つことは簡単ではありません。
学習時間をどのように確保するかが大きな課題です。
ひとつの解決策としては、既存の授業にSEL教育を組み込むことが挙げられます。
例えば、国語の話し合い活動で意見の伝え方を意識させたり、理科の実験で役割分野や協働の仕方を振り返らせたりと、普段の学習場面でSELを自然に織り込むことで、時間的な負担を最小限に抑えつつ実践できるでしょう。

課題その2:教員の負担増
SEL教育は、授業の進め方やクラス運営に新しい工夫が求められるため、準備や実践に時間と労力がかかります。
すでに教員の長時間労働や多忙化が問題となっている中で、新しい教育手法を追加することは、負担の増大につながりかねません。
十分な準備がないまま形だけ取り入れれば、SEL教育の本来の効果が発揮されず、生徒の自主性や学びの深まりが損なわれることもありえます。
解決策としては、学校全体や学年団での協力体制をつくることが挙げられます。
この際、チーム担任制を取り入れるのもひとつの手です。教員ひとりがすべてを抱え込むのではなく、分担や情報共有を進めることで、無理なくSELを取り入れることができます。

課題その3:評価の難しさ
SEL教育で育てる力は「非認知能力」です。
この力はその定義からもわかるように、テストで数値化しにくく、評価が難しいという側面を持っています。
もし適切な基準を設けずに評価を行えば、教師の主観に左右されたり、生徒や保護者から「贔屓ではないか」と受け取られたりするリスクも抱えています。
そのため、「振り返りシート」や「観察記録」を用いたルーブリック評価を使うことが大切です。
ルーブリック評価とは、複数の評価項目について、評価尺度の判定のための評価基準を示した評価方法のことです。
成長の形を見守る形で共有することで、透明性を確保しつつ、生徒の意欲を高めることができます。

SEL教育の実践例
ヌエバ・スクール
ヌエバ・スクールは、1967年に設立されたアメリカの私立学校で、創立以来、SEL教育のカリキュラムを教育の中核に据えてきました。
アメリカ教育省等からもその教育実践が高く評価されています。
まずLower School、すなわち小学校レベルでは、遊びや探検などを通じて社会性の基礎を体験的に学びます。
次にMiddle School、中学校レベルで、生徒が学校内外でさまざまな学習機会を持つことで、社会性をさらに発展させます。
そしてUpper School、すなわち高校段階で「心の科学」という授業を通して感情の仕組みを理論的に学ぶカリキュラムになっているようです。
この学校におけるSEL教育の成功の鍵は、「教師の研修体制が整っていたこと」「発達段階に応じた設計がなされていたこと」「『遊び』『探検』『体験活動』を通じて学びの土壌を作り、自己や他者を自然に学べるようにしていたこと」の3つでしょう。
出典:https://spaceshipearth.jp/sel/
埼玉県戸田市立美女木小学校
埼玉県戸田市立美女木小学校では、「大人も子どもも共に輝く学校」を掲げ、学びの土壌としてSELを重視しているようです。
校内には安心できる居場所「ぱれっとルーム」を設け、すべての子どもが心を落ち着けられる環境を整備しています。また授業では工作や茶道、落語などの体験活動を導入し、子どもが「好き」や「夢中」を見つけるきっかけを作っています。
教員がSEL教育に安心して挑戦できる風土づくりと、子どもが主体的に関わり、感情を育むことができる多様な体験の提供が、実践から見えてくる成功の鍵と言えるでしょう。
出典:https://note.com/toda_boe/n/n345589f88586
SEL-8学習プログラム
SEL-8(Social and Emotional Learning of 8 Abilities)は、日本の教育現場に合うように設計されたSEL教育のプログラムで、子どもの「社会的能力」を総合的に育てることを目的としています。
本来のSELは5つの柱に分けられていますが、このプログラムではさらに細かくその要素を分類し、
①自己への気づき
②他者への気づき
③自己のコントロール
④対人関係
⑤責任ある意思決定
⑥生活上の問題防止のスキル
⑦人生の重要事態に対処する能力
⑧積極的・貢献的な奉仕活動
の8つの力をこのプログラムを通して身につける力としています。
SEL-8はただ知識を教えるだけではなく、生徒がこれら8つの能力を実際に使えるように設計されています。
例えば、自己の感情に気づくワーク、問題を未然に防ぐためのスキル学習などがあるようです。
教育現場で「いじめ・不登校・問題行動」の予防や学校不適応の改善を目指して導入されることが多く、生活環境の変化で希薄になりがちな人間関係スキルを意図的に育てることができます。
出典:https://www.sel8group.jp/information.html
まとめ
SEL教育について詳しく解説しましたが、いかがでしたでしょうか。
これからの社会は予測不可能だからこそ、子どもたちが自ら考え、支え合い、前に進んでいく力が必要不可欠です。
SEL教育は、その土台を築くために、教師が今すぐにでも取り入れられる有効なアプローチ。
今日からの一歩が、子どもたちの未来を大きく変えていきます。
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